いつもどおり普段着BLOG

自分がおもうままに、感じたままに、忘れないうちに

優劣

10年以上前にベンチャー企業に入社したとき「自分より仕事ができる人かどうか」で人の優劣をつけてたように思う。

 

家庭環境は自分よりも学力的にもキャリア的にも優れた兄を持つ。

高校・大学受験ともに失敗した自分は学歴コンプも持っている。

やっぱり「優れたなにかになりたい」ってことだったんだろうな。

 

でも自分より仕事できる人なんて超たくさんいるんだよね。

「自分より仕事が,,,」という判断基準はあらゆる敗北を通じて

「同年代で自分より稼いでるかどうか」にスケールダウン。

 

ベンチャー企業の営業職なんて、働けば働くだけ成果が出るし、成果を出せば出せるだけ給料が上がっていく。(最初のうちは)

でも末端の営業職ってだけで、給与面で同年代よりも上がっていくのは20代中盤までだ。役職を持ったり自分で事業をやってみたり。

30代になると負けの数の方が多い。

 

戦える武器の数の少ない、ただの平凡の男だということにも気付く。

気付くと家庭環境は壊滅しているし、友人も減った。(もともといない?)

 

もう負けた。完敗。

 

これから弁護士にはなれないし、プロボクサーにもなれない。

モデルと結婚することもできないし、3億円プレーヤーになんかなれない。

諦めることを自分に対して許したらこれまでの人生が否定されると思ってた。

 

,,,,誰に?僕は誰に否定されるのを心配してたんだろう。

 

いつ死ぬかわからない。明日死ぬかもしれない。50年後かもしれない。

だとしたらその間どうやって生きてく?

 

なれもしないなにかに憧れて、現実に駄々こねて生きていきますか?

それとも自己記録を出し続けるように生きていきますか?

1センチでも進んで死のう。

 

 

競争相手は昨日の自分でいいかも。

笑いながら上機嫌で戦っていこう。

そうやって普段着で戦っていこう。